趣味のきもの 竹うち:加賀友禅・牛首紬・印傳

織りのお出かけ着物

少し気のはったお出かけにもお召しいただける大人の着物をご用意
シンプルですっきりした、洋装の中でも溶け込む着こなしのできるスタイル、
観劇、高級な飲食店、気軽なお茶席にも間に合うお出かけ着を心掛けています。
当店では織りのお出かけ着として西陣御召牛首紬大島紬久米島紬結城(紬、縮)をお薦めしています。

石川・富山のお出かけ着
石川・富山は雪や雨の多い土地柄で、公共の交通機関も完備されていない地域も多く、
そのような日々のお出かけにはそれなりの用意が必要です。

✽北陸の冬は、関東のように晴れていて風が冷たいというわけではなく、湿った雪が付きもので着る物、履物ともに濡れる覚悟が必要です。


当店女将見習いは雨や雪の日には基本的に車で移動し、徒歩が必要な時はパールトーン加工、傘、
雨コート、超撥水足袋カバー『雫』などで雨・雪対策をしています。

✽風合いが変わるから、パールトンはなさらないとのご意見の方もいらっしゃいますが、先染めの物のシミ抜きは、後染めの物より難しいので、先染めの物にもパールトーンがしてあれば少しは安心です。


西陣御召

御召(御召縮緬)は「先練り、先染め」の糸を用いた着物です。

通常縮緬は経糸に撚りをかけず、緯糸に右撚りと左撚りを交互に用いることで独特のシボを出しますが、
御召は経糸に強い撚りをかけた八丁撚りという糸を用い、
緯糸にも一般の縮緬よりも撚りの強い御召緯という糸を使うことによって、
縮緬独自のシボがより大きく、ハッキリと現れるのが特徴です。

また御召は一般の縮緬のように織り上げ後ではなく、糸の状態で精練するために絹のセリシンが除かれ、
一般の縮緬より織り上がりが硬く、コシのある地風になります。
逆に縮緬は織った後にセリシンを落とす精練をしますので、
生地からセリシン部分がなくなり柔らかい手触りになります。

御召は通常の縮緬よりもコシが強く、紬よりはしっとりと馴染む独特の風合いがあり、
着崩れしにくく、裾さばきが良いのが特徴です。

西陣「風通御召」

風通織という特殊な二重組織で織った御召です。
二重の経糸、緯糸を用いたもので表と裏の文様が反対の配色になります。
小柄や中柄が多く、比較的上品な着尺ですので、お洒落着だけではなく、色無地や江戸小紋と同様に礼装としても着られます。
風通御召は袷にもできますが、表裏の面白さ、軽さ、肌触り、裾さばきの良さなどを楽しむためにも、単衣の着物ととしてお召しいただくことをお勧めします。

日本の紬絣技法は久米島を起点に発達したと言われています。

生糸に適さない屑繭を真綿にし、 真綿からつむいだ紬糸で織られたものが紬織物です。
先染め紬なら、永く着ると言う観点からは縞、格子をお薦め。生地の質感に特徴があるものなら無地も。凝った絣に較べて価格が抑えめなのも魅力です。
少し前までは絣の細かさに拘るあまり、着心地など本来の特徴を変えてしまった紬もありました。

大島紬


大島紬も昔は紬糸で織っていましたが、現在は生糸で織られているので、正確には紬ではありません。
☚紬糸を使っていないのにどうして大島紬なのか?(ブログに飛びます)

大島紬の特徴
薄くて軽い、つるんとして細かな絣模様が美しい。
染色は泥大島の場合テーチ木(車輪梅)を煮出した液と泥で染められます。
大島は絣括りに締め機が用いられます。
高機という腰掛に座って織る織機を使います

袷から春単衣、秋単衣から袷に移る時期の袷着物には、大島紬をお薦めしています。

泥染大島紬

☚本場奄美大島紬協同組合のHP

雨に強く、軽く、裾捌きが良くて、着込むほどにやわらか物のように身体に馴染む着心地は大島の中でも泥染大島紬が群を抜いています。
✽天然染料の大島はベンヂンで色落ちすることがあり、揮発溶剤での丸洗いには適しません。
また酸に弱いので酢や果汁が付いたらすぐお手入れが必要です。


白大島紬
紬の中でも白大島の色合いは華やかさを感じさせてくれる特別な紬といえます。
当店では大島紬は袷での着用をお薦めしていますが、とくに袷から春単衣に移る(袷の)時期、また秋単衣から袷に移った(袷の)時期、天候不順で暑い日、寒い日もあるけれど「あれ?もう(or まだ)単衣だ。」とも思われたくない日に、軽く、爽やかな印象で雨にも強い白大島は重宝します。

大島紬の単衣
大島紬を単衣にされてもかまわないとは思いますが、薄くて軽いので八掛を付けないと、生地の落ち着きがよくないと思います。特に歩かれる時は収まりが悪い感じがします。

久米島紬

久米島紬は、15世紀の後半に堂の比屋と呼ばれる人物がいて、
中国から養蚕産業を学びこれを広めたことから始まったと言い伝えられています。

日本の紬絣技法は久米島を起点に発達し、沖縄本島、奄美大島を経て本土に伝えられ、大島紬、久留米絣、結城紬などのもととなり、日本全国に伝播されていきました。
久米島紬が紬の発祥の地とも言われる所以です。いわば久米島は日本の紬の里です。
久米島紬は、蚕から取った真綿でつむいだ糸を原料糸として、天然の草木、泥染めによって染色します。織りは、手投杼を用いて丹念に手織りで織り上げます。これらのすべては伝統を踏襲し、一貫した手作業を一人の織子が行うところにあります。

したがって、久米島紬にはつくる人の想い入れが込められ、紬糸のもつしなやかな風合いが着る人の着心地を満足させ、さらに気品をかもし出します。

「久米島紬事業協同組合」のHPを参考にしました

泥染(左)・ユウナ染(右)真綿の手紡糸を括って絣を作り、地糸も絣糸も植物染料のみで染め、泥で染め手織り、仕上げに「砧打ち」という大変な作業工程でつくられた柔らかさと、しっとりとした手触り、しなやかな着心地は独特のものです。

当店では特にユウナ染めの久米島紬をお薦めしています。

結城紬と結城縮


結城紬は、真綿から紡いだ撚りをかけない経糸、緯糸で織った絹織物です。
昭和30年代頃までは、一般的な平織より、縮が多く織られていました。

結城紬
本来、結城紬は真綿の手紡ぎ糸だけで織られており厚手で丈夫、暖かいことが特徴です。
人々は単衣で仕立て、一年中、普段着として着用していました。
平織の結城紬は古くから織られており、江戸時代には縞ものが多く織られるようになりました。
江戸の終わり頃になってのものも織られるようになりました。
元々堅くて丈夫な織物でしたが、絣の精緻化に伴い糸が細くなってきたため、現在は「軽くて柔らかい」と形容されるようになりました。


結城縮
結城縮は明治35年頃に、真綿の紡ぎ糸に撚りをかけ、緯糸として織ったのが始まりと言われています。
以降、人々は真綿の柔らかさとサラリとした感触の縮を重宝し、単衣にして一年中着用するようになりました。
明治37年度には生産された結城紬の9割ほどを縮が占めていました。
その後昭和31年4月に平織の結城紬が重要無形文化財に指定され、縮は次第に生産を縮小され、ついには1%を切るほどになりました。
近年になって、縮の着心地の良さ、魅力が再発見され、現在では3%までに、生産が回復してきています。